幸せなはずなのに満たされない私を考察する

みなさんこんにちは。

hibiakaです。

今回は「幸せな(とされている)はずなのになぜか満たされない」

「人生に何かが欠けていると感じる」

という方に向けてお話ししたいと思います。

私は関東出身、都内在住の30歳男性で、妻、子供一人の3人家族です。

贅沢はできませんが食べるものに困るということはありません。

世間的には幸せを感じても良い、そんな生活だと思います。

ですが今、「めちゃくちゃ幸せ!」と日々感じることができなくなってしまったように思うわけです。

それがこのブログを立ち上げたきっかけです。

割と順調に生きてきたし、奥さんのことは好きだし、子供は可愛いし、それでいいはずなのですがなぜか満たされません。

その理由は何なのか、文字にしてみようと思いました。

”井の中の蛙”はどこへ消えた”

先日妻に言われました。

—「こだわりはどうした?」

サラリーマンとして、夫として、父として、毎日起伏のない毎日を過ごしている私ですが、学生の時にはいろいろなものにこだわっていたように思います。

18歳で初めての一人暮らし。

まずはお気に入りの部屋をこしらえようと、

雑貨屋、家具屋を原付でまわり、自分好みの小物やら家具やらを買い揃えていきました。

木彫りのフクロウ、猫の石鹸、緑の絨毯。

ソファは高くて買えないけれど素敵なクッションなら買える。

お金がないならないなりに、工夫し、既製品を改造し、あちこちを探し回り、情報収集もして快適な環境づくりを求めていました。

おしゃれにも凝って、安いサルエルパンツやらジージャンやら、真っ白なタイトデニムやら買う。

アクセサリーなんかもジャラジャラつけて、時計、財布、バッグいろいろな欲しいものがある。

学校は最低限行く、タバコに火をつけてみたり、徹夜で麻雀をしたり、意味のない飲み会に行ったり金策のため部屋中のものを売ったり、どこにでもいる学生でしたが毎日を生きる。

何かに取り憑かれるように、そうしなければならないとでもいうように「楽しもう」という思考が頭の中心でした。

—「あなたは井の中の蛙だったのよ。だから毎日にこだわれたし、毎日が楽しかった。」

妻の言葉にハッとさせられました。

そうなのです。

大学のある東北地方から社会人になって初めて上京し、

世の中の広さや遊び方の豊富さに気付かされ、わたしは面食らってしまったのでした。

そしてうろたえ、何もできず、8年間ただ感度を落として生活してきたのでした。

さらに家族ができると、何かもったいない気がして、自分が安心するためにお金を貯めるようになりました。

昔なら、どんな些細なことでも「趣味」と呼んでいた何某かは東京という大きな圧力によって小さく折り畳まれ、今では自分の力で広げることすらできなくなっていました。

”井の中の蛙 大海を知らず”

普段この言葉は、視野の狭さを諌めるために使いますよね。

ですが20代の私は、知らないことがあるから前向きに、幸せに過ごせていたのかもしれません。

大海を知ってしまった私は、ただ波に流されるだけの存在になってしまっているのでした。

私のように何にも熱中できないだれかが、このブログに辿り着いているかもしれません。

皆さんの日々はどうでしょうか。

熱中できるものがある方は素晴らしいです。そして羨ましい。

そうでない方はわたしと一緒に、もう一度人生の楽しみとは何だったか考えて行けたらいいなと思います。

大人になった今、井戸の中で、こだわりと自由に遊ぶ方法を見つけていけたらどんなに楽しいでしょうか。

こうして何か文章に残すことで、この世界の誰かに寄り添い、そして一緒に何か見つけることができればもう一度満たされた気持ちを感じることができるのかもしれません。

ではまた。

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